【これで回避】不正会計を思いとどまらせる言葉
「ねえ、この原価、来期に飛ばしてよ!できるでしょ?」
会計の仕事をやってると、赤字を回避するために、コスト計上を翌期に飛ばして当期を黒字にしたいという依頼を受けることがよくあります。本当によくあるんです。私の経験では、毎年、誰かからこのセリフを言われます。
しかも、こういう依頼をしてくる人は大抵偉い人。だから無視するわけにもいかない。気の弱い人なら、押し負ける形で不正に手を染めてしまうこともあるでしょう。それは、会計の仕事をしている人にとっては屈辱的なことです。犯罪に手を染めるのですから。
でも、それが犯罪だと理解するためには、基礎的な会計知識が必要です。こういうセリフを言う人は大抵、偉くて会計知識がない人。だから、言われた下の人としては困ってしまうんです。下の立場である自分から、偉い人に「あなたは会計知識が足りていません」とダメ出しをしなければならないわけですから。言いづらいですよね。
目次
「原価を来期に飛ばす」とは?
会計知識がない人向けに少し説明しておきます。例えば、2016年度に社員に支払った給与は、全てが2016年度の費用になるわけではありません。状況によりますが、翌年度である2017年度の費用になるものもあります。
そうなる場面は様々なパターンがあります。ビル建設の例だとわかりやすいです。例えば、ビル建設を2016年8月から2017年7月まで行う予定になっていて、そのビル建設のために社員が働いているとします。その場合、その社員がそのビル建設のために費やした時間分の給料は、全て、そのビルが出来上がる2017年の費用になります。2016年度中に支払われる給料も、2017年度の費用とみなされるんですね。
偉い人の考え
そこで、偉い人は考えます。「2016年度完工のビルのために働いている社員を、2017年度に出来上がるビルで働いているように見せかければ、2016年度の費用は減るじゃないか!!」と。
そうなんですよ。どのビルのために、どの仕事のために働いたかに関して嘘をつけば、利益を操作できるんです。
会計担当の苦悩
でも、その操作は、やってはならないことです。見つかったら捕まります。しかし、それを理解するには会計知識が必要。下から見ると、偉い人に「あなたは知識が不足しています」「あなたはアホです」と言わなきゃならないことになる。それを言うには勇気が要りますから、言えずにズルズルと不正会計の世界へ踏み込んでいってしまう人も多いと思います。私も昔は、それについて悩む場面が多かったです。
覚えておくべきセリフ
どう言えば、その操作は違法行為であること、やってはならないことだということを理解してもらえるのか。色々経験して、私はこう言うのがベストだというセリフに行き着きました。これです。部長が私に1000万円ぶんの原価飛ばしを依頼してきたと仮定して書きますね。
あと、会社法の他に、部長個人の罪として、たぶん刑法246条詐欺罪、刑法247条背任罪にも該当します。まあ、その額なら大きな問題にならないかもしれませんけど・・・。
詐欺罪の時効は7年、背任罪の時効は5年です。あと、詐欺と背任は親告罪ではないので、社長が部長を許したとしても、警察は部長を捕まえることができます。やるにしても、リスクを認識した上でやって下さいね。
こう言うと、まずはその場を引き下がってくれます。そして、私と偉い人との話はウヤムヤなまま、正しい会計処理が事後承認されることがほとんどです。
内容としては「あなたが指示していることは犯罪ですよ」と言っているわけですが、「言いづらいんですけど」とか「まあ、その額なら大きな問題にはならないかもしれない」とかって言葉を入れて語調を弱めることで、だいぶ言いやすくなります。また、最後の「やるにしても、リスクを認識した上でやって下さいね。」というセリフをくっつけると、「私は部長の側の立場に立っていますよ」というニュアンスを感じさせることができます。
なぜこのセリフを言うと偉い人が引き下がるのか、詳細なところは確認したことがないのでわかりません。ただ、私は以下のように推測しています。
まず、こちら(私)と偉い人との知識量に差があることを印象付けるのが、たぶん重要です。「コイツは俺が知らないことを知っている」と思わせるのです。その点で、会社法976条、刑法246条、刑法247条、というように条文の番号まで発声して伝えることが効果的です。また、「計算書類等虚偽記載罪」と「背任罪」という言葉も効くようです。「テレビでたまに見る不正会計のニュースに出てくるやつだ!!」と思ってもらえます。
また、時効の具体的な年数も、言うと良いと思います。詐欺罪の時効は7年、背任罪の時効は5年。この長い期間、おびえて暮らさなければならないことを、ある程度具体的にイメージしてもらえているのだと思います。「親告罪」については、私の場合はいつも言いますが、あんまりピンと来てもらえないことが多いかな。でも、知識量の差を印象づけるという意味では、たぶん役に立ってます。
法的解釈の解説
一応、なんでこれらの3つの罪が適用されると想定できるのか、解説しときますね。
- 会社法976条 計算書類等虚偽記載罪
計算書類等虚偽記載罪については、会社が損益計算書・貸借対照表にウソを書いたという罪です。原価を来期に飛ばすということは、損益計算書上でウソを書いて、利益を実態よりも多く見せることになります。その点で「虚偽記載」なわけです。なお、ここでいう「計算書類」「損益計算書・貸借対照表」は、その会社が株式上場しているか否かは関係ありません。全ての株式会社に適用されます。社長ひとりしかいない株式会社にも適用されます。万能です。
- 刑法246条 詐欺罪
詐欺罪。いわゆる普通に言う「詐欺」のことです。今回の原価飛ばしの場合、「部長が、自分の給料やメンツを守るために、自分が所属する会社を騙した」という解釈で詐欺罪になります。ここで注意してほしいのは、これは社外に対しての詐欺ではなく、自社 対 社員の詐欺なのです。加害者は社員である部長、被害者は部長が所属している会社です。もし社外の人を騙さない形の、社内に閉じた形の原価飛ばしであっても、それは犯罪になります。
- 刑法247条 背任罪
背任罪。これは、ニュースでしか聞かない罪名ですよね。不正会計専用の罪のようなイメージを持っている人が多いかもしれません。背任罪の条文には下記のように書いてあります。
他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
「他人のためにその事務を処理する者」というのは、会社で働く社員がドンピシャで当てはまります。他人のためにその事務を処理する者が、任務に背く行為をする。不正会計では、その実務を行った社員に背任罪が適用されます。
そんな感じです。
不正を指示する偉い人へ
この文章にたどり着いた人の中には、不正を指示している偉い人もいらっしゃると思います。そういった方へ、僭越ながらアドバイスしときますね。
会計・経理の仕事に就いている人の多くは、ルールを守ることが重要だと感じています。会社って、いろんなルールをみんなが守るからこそ、存在できるんです。会計の仕事をする人の多くは、その価値観のもとで仕事をしています。
偉い人から不正の指示を受けると、会計の仕事をしている人は一気にやる気を失います。偉い人は、「原価、飛ばしといて」ってひとこと言うだけだからラクなんですよ。でも、それを現場で実行するには、会計の仕事をしている末端の人は「これ、犯罪なんだけど、部長が言ってるからやらなきゃいけないんです。」って言って、関係する部署の人達に調整をかける必要があります。これは屈辱ですよ。
しかも違法行為だから、その調整は簡単ではありません。私もこの類の不正行為の調整を途中までやったことがありますが、期末の大事な時期に、150時間くらいをその作業に費やしました。
150時間も、犯罪行為をやり続けるんです。「犯罪を犯している自分」を、じっくりと味わい続けなければならないんです。短期間に150時間も犯罪をやり続けたこと、あなたはありますか?たぶん、そういう経験をしたことのある人は少ないでしょう。もう、一発で会社辞めたくなります。はい。間違いないです。私はその状況で、転職活動しました。結局、幸運なことに上司が心変わりをしてくれたので、辞めるのやめましたけど。
その不正行為、途中で実行部隊がいなくなったら、サクっとバレます。会計知識を持たない人がやる不正会計って、ホントに簡単に監査で見つかっちゃうんです。知らないことには手を出さない方が良いですよ。プロボクサーに喧嘩売るようなもんです。一発KOになりますから。そこんとこよろしく。